ロサンゼルス雑感

   

”雑感“として何がしか興味を持ったことについてツラツラ書いていきます.今日はロサンゼルスのネタを・・・せっかく行ってきたので

リトルトーキョー

ロサンゼルスでまでなぜ東京・・・と行くまでは思っていた場所がここです.宿探しの最初,LA周辺の宿泊は死ぬほど高いなと絶望しながら探すことになりましたが,最初に見つけたのはウエストウッド(ハリウッドのさらに西)でダウンタウンまで約一時間.これでシングル7000円近かった… さらに探していくと見つかったのがリトルトーキョー.ダウンタウンの東側に位置した町で,大阪でいくと京橋?(適当)周辺の治安はそんなに良くないみたいです.

その歴史

今でこそ世界最大の日本人街とされるこの地区ですが,19世紀末の入植以来,多くの苦労を経てきた街でもあります.アメリカ国内でもロサンゼルスは日本人移民の数でハワイに次ぐ受け皿になったとか.そうすると起こるのが人種差別とか排斥が起こるのが常であって当然その流れを汲んだといえます.この辺の話はどこの国でもどこの国からの移民でも多かれ少なかれあるものですが…ちょっと違ったのはその間で戦争があったこと.ここで一般的な印象ではすっげえ壮絶な連行とかあったんやろなあ…となりがちですがどうやらそれだけじゃないみたい.かの大戦中は内地への強制移住があったとされますが,たとえばこんな記事もあってhttp://www.denver.us.emb-japan.go.jp/jp/bilateral/co.html(デンバー大使館)温和な移住が図られた例もあるとのことです.このケースでは大人格者であったラルフ・カー知事の業績と同時に現地の親日感情についても触れられています.ここでも窺い知れるアメリカの”一枚岩でない”といった感じ.やはりアメリカ的ですごく好きなところです.ちなみに,この地区にあるアメリカ日系人博物館ではあんまり触れられてなかった…この戦争以降では高度成長期を経てバブル期まで発展を続けたとのこと.ホテル・ニューオータニのこのエピソードなんていうと勢いしか感じないものです.https://www.kajima.co.jp/gallery/kiseki/kiseki39/index-j.html (鹿島建設)リトルトーキョー,ダウンタウン一帯の再開発が計画された際に別案を提示してこの地区を守ったという話.それからもう30年を経てこのニューオータニももう売却が済んでいるという現実がありますが…

現状

いまのこの街は半ばテーマパークのような…ちょっとステレオタイプな日本像であります.ここ最近では日系人の方も各地へ分散されて,ほかのアジア系人種の台頭もあることで観光地化が大きく進んでしまったようです.もはや日本人の居場所ではなくてアメリカ人が望む日本にちかづいているのかもしれない.こう言葉にすると前出の全米日系人博物館で見た先人の苦労が全く消えていくようですが…ただその一言で収まるようなのではなくて今なお日本人を受け入れる橋頭保みたいな要素も確かに残る街だと感じます.歴史のある高野山真言宗のお寺があること.そこら辺の商店街でもあまり見かけない,創業100年を超える和菓子屋さんがあること.あるいは宿泊したリトルトーキョーホテルでお話を伺った留学生の方もおっしゃっていた,まさにロサンゼルスの小東京は、我々の心の故郷ですってなやさしさも確かにある.そしてこの灯を絶やしてはならないと筋違いの者ですが深く感銘を受けた次第です.

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